屈折矯正手術は、外科的に角膜の曲率半径を変えることによって、光の屈折を補正するものです。
したがって近視矯正をはじめとする屈折矯正手術の場合は、原則として、一度受けたらそれ以上の手聞がかからない||裸眼で日常生活を送ることができる、というメリットがあります。
短時間で終了する手術というと、「強い痛みがともなう時間のかかるもの」というイメージがあります。
しかし近視矯正手術(R K) の場合は、わずか叩分で終了します。
痛みについていえば、術式によってかなり異なりますが、痛みというよりは違和感に近く、RK なら当日、PRKやLASIK でも213日で治まります。
そして傷が完全に治癒すれば、以後は裸眼での自由な生活が待っています。
メガネ、コンタクトの全てのデメリットを克服手術が終われば、裸眼での日常生活のスタートです。
つまりメガネの問題点、欠点から完全に解放されることになります。
視野の狭さ、像のゆがみ、不同視の問題、レンズのくもり、スポーツへの不適応、外見上・美容上の問題など、すべてが解決です。
コンタクトレンズの欠点ももちろんすべて克服できます。
アレルギー体質、ドライアイなどコンタクトレンズが使えなかった人でも手術が受けられます。
もちろん、メガネを落として割ってしまったり、コンタクトレンズをなくしてしまったりする心配からも解放されます。
維持管理にかかる手間や費用も不要です。
大災害でも安心メガネのデメリットの説明で阪神大震災のことを書きましたが、屈折矯正手術を受ければ裸眼で生活できるようになるため、いざ大災害が起きた場合でもすみやかに避難できるだけでなく、冷静な行動を取ることも可能となります。
そういう意味でも、屈折矯正手術は、危機管理の第一歩といえるのかも知れません。
屈折矯正手術の問題点一覧医学の世界では「完壁」という言葉はありえません。
屈折矯正手術にもちろんそれなりに欠点や今後予測されるデメリットがあります。
それを箇条書きにしてかんたんにご説明していきたいと思います。
@再手術の可能性メガネやコンタクトレンズの場合は、使用を中止すれば目はすぐにもとの状態に戻っていきます。
そのため度が進んでしまった場合などは、新たなレンズに交換すれば済むわけです。
しかし外科的方法で屈折率を調節するこの屈折矯正手術の場合は、二度手術を受けてしまうと、もう手術前のもとの状態に戻すことができません。
そういう意味でも、屈折矯正手術を受ける場合には、経験豊富な医師のもと、精密かつ十分な検査をおこなったうえで実施されるよう、手術を受ける側でも厳密にチェックする必要があります。
A年齢制限があるメガネやコンタクトレンズの使用には、原則として年齢制限はありません。
ただあえていえばコンタクトレンズは維持管理が大変なので、小さな子供には不向きといえます。
そして、屈折矯正手術の場合は、目の状態、屈折異常の度数が固定化するといわれている却歳以上でないと、原則として手術は受けられないことになっています。
B一時期、後遺症が出る場合がある屈折矯正手術は、外科的に角膜を「加工」して屈折率をかえ、近視や遠視、乱視を治療するというもの。
そのため手術後、一時期ではありますが、いくつかの後遺症が現れる場合もあります。
詳しくは第5 章でご説明いたしますが、角膜混濁(へイズ)、後光現象(ハロー)、グレアーやスターバースト、といったものが屈折矯正手術に伴ってしばしば見いずれも時間が経つうちに軽減されていくか、あるいはまったく気にならなくなります。
視力を保つ上で必要な栄養繁に、ますビタミンAがあげられます。
眼球のなかに視朱という色素があり、それは暗反応をつかさどっていますが、ビタミンAが不足すぐ暗反応が遅れ獲り夜盲症(とりめ) になってしまいます。
またビタミンB1が不足すると視神経が冒されて視力障害を起こします。
ビタミンB2の不足は角膜淡を起こすといわれています。
現在、世界各国でおこなわれている屈折矯正手術のなかで、いちばん長い歴史を誇っているのがこのRK です。
判年近い実績があるだけに、症例や治療データも多く、非常に完成度の高い術式となっています。
RKとは、ラディアル・ケラトトミーのこと。
角膜に放射状の浅い切れ込みを入れることで近視を矯正するという術式です 。
ところで、今日のRK の基礎を築いたのは旧ソ連(現ロシア) のスピヤトスラフ・フヨードロフ博士ですが、そのきっかけはある少年の事故にまつわる「偶然」でした。
1969年のある日のこと、当時すでに眼科の権威であったフョードロフ博士のもとに、事故で目にメガネのレンズの破片が刺さってしまった一人の少年が担ぎこまれたのです。
ガラスの破片は角膜を傷つけていたものの、幸い傷自体は浅く、破片を注意深く取り除いた後、あとは少年の自然治癒力にまかせておけばいい、とフョードロフ博士は判断しました。
それから3日、看護婦が少年の眼帯を取り除くと、「見える、何もかもが見える! 」と少年
は大きな声で叫んだのです。
事故前の少年の視力はわずか0・1 。
それが驚異的に回復したのです。
この一件がきっかけとなって、フョードロフ博士は角膜に放射線上の切れ込みを入れることで、近視をはじめとする屈折異常を治せるのではないか、と考えました。
すぐに動物実験を開始。
試行錯誤を経て、1972年には早くも臨床試験に取り組んでいます。
そしてその2年後には、一般向けの手術もおこなわれるようになりました。
さてフョードロフ博士が考えたRK のしくみとは次のようなものでした。
@顕微鏡の下、ダイヤモンドメスで角膜に放射線状の切れ込みを慎重に入れていくA近視の程度によって切り込みの数や深さを調節するB内部からの眼圧を受けて、切れ込みの周辺部は盛り上がり、中心部は平らになる園内での実績を積んだフョードロフ博士は、1974年にその成果を世界に向けて発表し、その斬新な発想は、世界中の眼科医に大きな衝撃を与えました。
それを受けて、1978年にはアメリカでもR K手術が始まりました。
最初のうちは半信半疑であったアメリカでもやがてその結果が高く評価され、1980年代に入るとRKも一般の開業医の間で急速に普及していったのです。
その後アメリカでも研究が進み、フヨードロフ博士が開発したいわゆる「ロシア式R K」をさらに進歩させ、より安全な「アメリカ式R K」が開発されました。
当クリニックでおこなっているRK は、このアメリカ式を採用しています。
新しい技術に敏感なアメリカですが、医療分野に厳しいことでも知られています。
RKについても、無条件に受け入れたわけではありませんでした。
RK の安全性についても、きちんとした科学的裏付けが必要である、という政府方針から、徹底した医学調査がおこなわれています。
これが有名な「パーク・スタディ」です。
3年の歳月をかけた医療現場での追跡調査の結果、RK の高い安全性と有効性が実証されたのです。
以来、アメリカだけでも年間お万人以上がRKを受けていますし、世界全体で300万人以上の実績を誇っています。
日本でRKが誤解される理由RKというとまず旧ソ連のフョードロフ博士を思い浮かべますが、その基礎を築いたのは実は日本の研究者であることは、あまり知られていません。
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